おうとうや将棋の駒の生産で名高い山形県天童市。かつて、この地域ではデラウェアの栽培が中心だったが、近年ではシャインマスカットのほか、巨峰やピオーネといった黒色系ぶどうが主力だ。ぶどうの園地に囲まれた細い道を車で抜けていくと、伊藤さんと奥様、ご両親やスタッフの方が私たち取材チームを笑顔で出迎えてくれた。
伊藤さんの農園ではシャインマスカット、ピオーネ、巨峰などのぶどうや、りんご、おうとうを手がけている。「食べてみて」と差し出されたピオーネをいただくと、強い甘みとほのかな酸味が口の中に広がった。その場で糖度を計ると18度を超えている。ぶどうの品種の多くは、糖分の蓄積とともに着色が進むので、着色不足は基準の糖度を満たしていないと判断され、また、見栄えの観点からも等級が下がる傾向にあるそうだ。それゆえ、着色の良さは、ぶどうの品質を判断する重要な目安となっている。
伊藤さんの園地では、巨峰やピオーネといった黒色系品種で、温暖化による着色不良が問題になっていた。ぶどうは無加温のハウスと雨よけハウスで栽培されているが、6月中旬でも雨よけハウスでは35℃以上になることも多いそうだ。
「最近は夏場の夜温が下がらないから、着色がなかなか進まないんです。出荷先の等級は『秀』『丸秀』『加工用』の3段階で、着色が乗らなくて加工用にまわしたりするものも結構多い。着色は天候次第の部分が大きいので、対策をどうしたらいいかずっと考えてたんです」。
そんな忸怩たる思いをしてきた伊藤さんが、天然物由来の植物成長調整剤アブサップ液剤の存在を知ったのが昨年のこと。さっそく巨峰、ピオーネの全圃場に対して、着色始期にあたる7月上旬に、100倍液を専用ノズルで1房ずつ果房散布したという。
「去年以前と比べて、着色がぐんと改善しました。色づきだけじゃなくて糖度も乗って、とにかくひと房ひと房が高品質だったんですよ」。
以前までの秀品率は50%以上、加工品率は10%だったところ、なんと昨年は秀品率が10%以上アップして、加工用ぶどうに至ってはゼロだったそうだ。
「果実の汚れも、食味への影響もなかったので、安心して使える薬剤です。ひと房ひと房、霧状になるノズルで散布しなきゃいけないから手間ひまはかかるけど、秀品率が向上して、加工用ぶどうが減少したので最終的な収益アップにつながりました」と伊藤さんは昨年を振り返る。
また、着色不良が課題になる以前から、ぶどう全般に対して愛用されている薬剤として、住友ジベレリンとフルメット液剤がある。天候不順の中においても、品質の高いぶどうをつくり続けていきたい、と姿勢を正す伊藤さん。
「ジベレリンもフルメットも、なくてはならない存在。ジベレリンは、無種子化に絶対必要なので父親の代から使っています。フルメットはぶどうの細胞数を増やし、着粒安定と果実肥大に効果が見られます」。
また、それ以外にも、パダンSG水溶剤、ダントツ水溶剤、ロビンフッドなどの殺虫剤も倉庫に常備されていて、スキのないローテーション防除を実践されているのが窺える。
話をぶどうの着色に戻そう。「アブサップ液剤も万能ではない」と伊藤さんはくぎを刺す。なぜなら、今年2024年の春以降は例年以上の高温に見舞われ、その負荷の影響が大き過ぎたからだ。
「巨峰は大丈夫でしたが、現時点でピオーネの着色状況に多少バラつきが見られるんです。去年のように加工用ぶどうがゼロというわけにはいかないようですね。今年は梅雨も長めで日照不足だったし、6月下旬から早くも猛暑のような気温だった。その時期はちょうどピオーネの第二肥大期に当たるから、もしかしたらその時点ですでに高温障害を受けてたのかもしれません」。
アブサップ液剤導入2年目の夏、この植物成長調整剤を上手に使いこなすポイントを伊藤さんに教えていただいた。
「この先も、極端な天候変化など突発的な悪条件に遇えば、必ずしも期待していた通りの着色効果が得られない房が出てくるかもしれません。だからこそ、今まで培ってきた栽培の基本は変えてはいけない。あくまでも基本を重視して、それをサポートする補助的な役割として、アブサップ液剤を活用するのがポイントですね。温暖化時代の強い味方であることは、今後も変わりません」。
「規模拡大のみをめざすのではなく、健康第一で、身の丈に合った経営を続けていきたい。もちろん天候に負けない高品質が前提だけどね」と伊藤さん。園地というキャンバスに描くそのビジョンには、「情熱」の赤い色がしっかりと乗っていた。