本格的な野菜作り

VOL.6
日本の約半分を埋める雪、今や雪害でなく克雪から利雪の時代

  1. 日本海沿岸地帯は長く雪に苦しんできたが雪を利用する生活の知恵もあった
    1. 冬になると徒歩以外の交通手段は全く無くなりました
    2. 雪を雪害ばかりと考えずに利用した歴史も
    3. 雪が覆うことの効果
  2. 近年は雪の積極的利用
    1. 増えてきた雪室
    2. 雪下栽培の野菜
    3. 野菜の克雪栽培(雪に負けない野菜作り)

1日本海沿岸地帯は長く雪に苦しんできたが雪を利用する生活の知恵もあった

1-1 冬になると徒歩以外の交通手段は全く無くなりました

写真:雪国でも立派なハウス(新潟県豊栄市黒山地区)
雪国でも立派なハウス(新潟県豊栄市黒山地区)

江戸時代の名著「北越雪譜」には苦しかった雪国の生活が詳細に記載されています。明治末期になって何とか鉄道は除雪が行きわたり動くようになりました。
今でこそ多くの主要道路は「無雪道路」として、夜中に雪が降っても朝までに除雪が終わり、トラックやバスが疾駆しています。しかしこのような除雪は決して昔から行われていたものではありません。ほとんどの幹線道路が無雪道路になったのは、昭和40年代になってからなのです。

昭和20年の大豪雪や昭和38年のサンパチ豪雪など今でも語り草ですが、すべての交通機関がストップする、それはそれは大変なものでした。

1-2 雪を雪害ばかりと考えずに利用した歴史も

新潟県南魚沼郡六日町の大崎地区は、江戸時代中期から雪の降るシーズンでも、漬菜の若い苔(とう)を食用にする習慣があり、「大崎菜」として長い伝統に支えられて栽培されてきました。この「大崎菜」は京都の壬生菜が起源といわれ、よく分けつしますが、葉の巾は「壬生菜」より広くなります。
冬になれば当然雪が降るのですから、現在では秋のうちにビニールハウスに定植して、雪のシーズンを迎えます。できるだけビニールを掛けるのが遅い方がアクが消えておいしくなります。ビニールなど無かった昔は八海山麓の暖かい火山性の清水を利用して直接菜の上に水を掛けて雪が積もり過ぎないようにしていました。現在でも清水はビニールハウスとビニールハウスの間を流され、消雪に役立っています。大正中期まではせいぜい長岡付近までの出荷でしたが、上越北線が塩沢まで開通すると、鉄道にのせてあちらこちらに運ばれるようになりました。

山形県の米沢市では、雪菜といって「長岡菜」を秋遅く植え込んで目印をしておき、雪中に伸びてくるとうを利用して食用にしている。「長岡菜」は低温でもとう立ちしやすく、またとうの立ち始める初期は植物の栄養分は総てとうに集中しており、大変おいしくなるものです。

また福井県の勝山市では「勝山水菜」という冬期間に雪を溶かして収穫する菜があります。これは雪国ではないのですが、静岡県の御殿場には富士山からの伏流清水を利用した「御殿場菜」があります。 とにかく雪国では冬季緑野菜が全くなくなり、青菜はビタミンA・C源として貴重なものでした。

写真:新潟県南魚沼郡六日町大崎の「大崎菜」栽培
新潟県南魚沼郡六日町大崎の
「大崎菜」栽培
図1.大正時代に建設された蚕種保存のための雪室(新宮原図)
図1.大正時代に建設された
蚕種保存のための雪室(新宮原図)
図2.新潟県高冷地農業技術センターに建設された雪室構造(久保田原図)
図2.新潟県高冷地農業技術センターに
建設された雪室構造(久保田原図)

1-3 雪が覆うことの効果

これは筆者が実験で確認したことですが余程の寒地でないかぎり、雪下と地面の中間の気温は、0℃と1℃の間を保っています。電気冷蔵庫はサーモスタットで気温が下がれば電気が入り、上がれば切れる方式になっていますから常に波がありますが、雪下は全く直線状態に気温が推移します。利用法によっては電気冷蔵庫より正確な温度管理ができることになります。
ウクライナでは秋まきの小麦が、雪の多い年の方が安定して越冬できるとの報告もあります。しかしこの方法は限度があり、あまり雪が深すぎると、雪腐れ病などの被害を受けるのは事実です。

新潟県の佐渡では雪害を受けるほど大雪にはなりません。しかし冬期間適当に覆雪があるので風害から採種母本を守り、土壌湿度も適当に保つことができます。そのため採種産業が発達し、売り上げは5億円にも達するといわれています。また日本海沿岸地方にチューリップ産地が多いのは、適度な積雪で土壌湿度が適当に保つことも原因といわれています。

2近年は雪の積極的利用

2-1 増えてきた雪室

雪室は決して新しいものではありません。養蚕の盛んだった大正時代には蚕種(さんしゅ、おかいこの卵)を保存する為に、図1のような構造の雪室が建設されました。気温が高くなると蚕種はすぐかえってしまうので、とくに秋蚕や晩秋蚕用には低温で保存しなければならなかったのです。
この低温エネルギーを活用して物を保存しようとする動きは、オイルショックの時や、バブルがはじけた後ではますます盛んになってきました。新型の雪室は雪の貯蔵室を別に設けて、そこから冷気を誘導する施設もありますが、新潟県には直接雪で全面を覆う施設が多いのです。新潟県の山間部のように雪の多いところでは大量の雪を利用できますから、この直接方式が最も簡単なようです。大量貯蔵の場合は0℃~1℃というわけにはいかずやや高温になりますが、野菜の貯蔵などでは高温すぎるようなことはありません。ただ湿度が高いことは確かに問題で、時として低温性の細菌が繁殖して、貯蔵の生鮮野菜を腐敗とまではいきませんが、かなり傷めることがあります。また米や酒を貯蔵する試みも行われています。

2-2 雪下栽培の野菜

(1) 積雪地帯の「ホウレンソウ」
いろいろな野菜は覆雪により、確実に味がマイルドになることが認められています。本間(もと新潟女子短大)は味が良くなる原因は「まずさ」がなくなるからだろうと言っていましたが、筆者はキャベツの雪中栽培で結球の糖度が増すことを認めています。筆者は、これは雪中で外葉から養分が転移する結果であることも認めています。しかし、まずさの消滅では、先回でも一部紹介しましたが、福井県農業試験場で積雪地ハウス栽培と三重県無雪地ハウス栽培のホウレンソウを比較し、蓚(しゅう)酸含量は、積雪地ハウス栽培では無雪地ハウス栽培の「アトラス」で55.6%、「太平洋」で42.3%でした。なかなか外観からでは野菜の本質が判りません。新潟県でも以前は冬季栽培のホウレンソウもかなりありましたが、太平洋側から移入されてくる緑色がドス黒いようなホウレンソウに引けを取り、冬季の施設栽培はかなり減少しています。
(2) 雪下栽培の「ニンジン」
現在雪下栽培の中心は「ニンジン」です。新潟県の津南町は三月になっても2~3mの積雪は珍しくありません。この積雪をブルドーザーで50cm程度まで除雪し、後は消雪をまって収穫、出荷を行います。自然の消雪まで待ったのでは、徳島県産の新ニンジンの出荷盛りになるのでその前に出荷するのです。しかし消雪後しばらく放任しておくと、とう立ちが始まりひげ根も多くなるので、その前に出荷を終わらせなければなりません。雪下で生育したニンジンは味にクセが無く大変おいしいと評判です。
(3) 雪下栽培の「キャベツ」
今、北海道で雪を掘って出荷する、文字通りの「雪中キャベツ」の栽培が始まっています。これならばおいしくて柔らかいこと請け合いです。土木機械が発達している現在、キャベツが傷まない程度まで雪を掘り下げ、あとを人力で掘り出せば、「雪の下には宝の山あり」ということになるでしょう。
以前、新潟県ではキャベツの雪下栽培を全県を挙げて行ったことがありました。ちょうど昭和30年代末期からの豪雪期とぶつかり、3~4mの雪のため雪下から掘り出して出荷することが出来ませんでした。そこで雪消えを待ったら、キャベツの色は真っ白になり、雪で潰れて陣笠のよう。雪が消えてしばらくたち形が直り、結球の色が緑色に回復してから出荷したら、あまりおいしくないとのお小言。雪下だからおいしいので、雪が消えてしばらくたってからでは栄養分はみな芯に集まり、結球葉は次第に味が落ちていったのです。残念ながら「雪下キャベツ」の産地は小雪地帯を除いてほとんど無くなりましたが、一部はカリフラワーやブロッコリーの産地に変わっています。北海道方式で復活の声もありますが、小雪地を除いて冬期間の出荷は少ないのが現状です。
(4)雪下栽培の「白ネギ」
白ネギは今や中国からの開発輸入の攻勢にさらされて、国内産は大変な状態になっています。ネギも雪を被れば大変おいしいものになります。小雪地で既に実行していますが、ある程度雪の深いところでも人工除雪で雪を減らし、収穫して出荷したら大変柔らかくておいしいネギを消費者に提供できるでしょう。ただし緑色の部分は短くなりますから、夏秋の規格とは別のものにしなければなりません。まさか雪から掘り出したネギは中国からは入ってこないでしょう。
(5)とう菜のおいしさ
先回や今回で説明しました「大崎菜」「女池菜」ブラシカナプスの「川流れ菜」のほかに、春先「とう」が出てからおいしいものに、「ダイコン菜」と「カブ菜」があります。「ダイコン菜」は青首の宮重系のもの、また「カブ菜」は「寄居カブ」のとうが最高です。何れも地下に養分を蓄積できるタンクを持っているからでしょうか?市販のとう菜と共に是非試してみてください。
写真:左は越冬ニンジン、右は秋まきキャベツ耐雪試験
左は越冬ニンジン、
右は秋まきキャベツ耐雪試験
(新潟県高冷地農業技術センター)
写真:暖地のキュウリ栽培連棟ハウス
暖地のキュウリ栽培連棟ハウス
(雪国では成り立たない)(栃木県)
写真:雪国の単棟ハウス
雪国の単棟ハウス 
周囲に融雪溝が設置されている
(新潟県園芸研究センター)

2-3 野菜の克雪栽培(雪に負けない野菜作り)

(1)施設栽培では
「克雪」とは農業では、従来被害を受けていた積雪を何とか克服して無雪地並みの栽培を行おうとする努力の結果です。例えば雪国に立ち並ぶ耐雪型のハウス等はその良い例です。たしかに雪害の防止のために、単棟式でないと棟の間に雪が溜り倒壊の事故さえ起こることがあります。また棟から滑り落ちる雪を溶かす施設もいるので、土地利用が不経済になります。しかし連棟式より単棟式の方が施設内に光線透過が良くなることも事実です。特にキチンとした南北棟(南北に長くなる)に施設を作れば、中間の光線の導入はもとより、朝日や夕日の利用も、連棟より有利になります。
施設栽培が始まった頃は水質が良いということが条件ですが、棟上に散水パイプを設置して地下水をハウスの頂上から散布して積雪を溶かし、施設内の気温を上げる工夫をしていました。しかし現在では水質の問題もあり、また換気孔も邪魔になるので、自然に滑落する雪を側面で溶かす方式が増えています。
(2)「一寸ソラマメ」の栽培
積雪地帯では無理といわれた「一寸ソラマメ」の栽培も、しっかりした不織布のトンネルを降雪前に掛けることにより、立派に雪を越して稔らせることができることを、新潟県西蒲原郡の農協の技術者によって確立しました。従来うまくいかなかったことは、消雪前に圧雪で茎や葉が潰され、その上消雪時の湿害を受けたからです。株と雪の間に十分空間を作ることで、暖地に負けない見事なソラマメの栽培ができるようになりました。
施肥は住友化学製で、新潟市のKK冨山発売の「園芸天国一発じろう」を、10袋/10aの施用で全量元肥栽培ができることが判りました。新潟県の栽培指針では追肥を5回もすることになっていますから、大変な労力の節約で、しかも追肥5回より成績が良くなります。「園芸天国」が手に入らない場合は「CRスミカエース10」を8袋/10a、「スミコート80日型」20kg入り2袋、「過燐酸石灰」2袋/10a、硫酸カリ1袋/10a、を配合して施用してもほぼ同一の効果が得られます。被覆資材はビニールより不織布の方がよく、ビニールトンネルでは消雪後トンネル内が乾き過ぎてソラマメにほう素欠乏症状が出ることがあります。雪国ではその心配はほとんどありませんが、消雪後あまり乾き過ぎると、「スミコート」の溶出が悪くなることがありますので、そのような場合は春先に適宜灌水をしてください。
写真:収穫期ソラマメ
見事な被覆・一発肥料併用の
収穫期ソラマメ(品種は打越一寸)
写真:タバコ秋施肥マルチの晩秋風景
タバコ秋施肥マルチの晩秋風景
(津南町)
写真:機械で秋施肥後マルチの施用中
機械で秋施肥後マルチの施用中
(津南町)
(3)「秋施肥マルチの勧め」
新潟や山形のスイカ栽培で近年盛んになってきていますが、もともとは多雪地のタバコ栽培で始まりました。雪の多い地帯では、消雪後しばらくの間は地面が湿り過ぎていて耕作を始めることができません。しかし地表の気温は十分上がっているのですから、一日も早くスイカやタバコを定植したいのは当然です。そこでこの技術が開発されました。
秋のうちに2~3割増の緩効性の元肥を施しておいて、定植時には元肥は入れず、秋のうちにマルチをしておきます。施肥は肥料の種類にもよりますが、住友化学の「EXスミカエース14」の元肥では、慣行より2割くらい窒素成分を増しておけば、春に軽く気付け薬程度の追肥で十分おいしいスイカが収穫できます。
まず畑に石灰資材を散布、全面を打ち起こしてから施肥溝を作り、施肥をします。それから施肥した場所に高畦を作りマルチを張ります。マルチは必ず施肥の真上に張るようにしてください。
ただ注意しなくてはならないことは、秋のうちに風が吹いてマルチが飛ばされ、施肥した上部にマルチが無い状態になることです。秋施肥の効果は非常に低下します。また、地下水位が高く春の雪消えで表面が乾くと、施肥した肥料分をそのまま水をもって下がってしまうことがあります。地下水位の高いところでは秋施肥マルチはお勧めできません。
「秋施肥マルチ」は豪雪地ばかりでなく、日本海沿岸に広く利用できる技術です。是非緩効性の肥料とマルチ資材の利用で実行してください。

秋まき小松菜の消雪とマルチの効果

写真:秋まき小松菜
秋施肥マルチに消雪剤散布の効果
(秋まき小松菜)
写真:マルチをしないとかなりの肥料が冬期間流亡している
マルチをしないとかなりの肥料が冬期間流亡している
写真:マルチと施肥の効果は一目瞭然
マルチと施肥の効果は一目瞭然

新潟県高冷地農業技術センターの試験

写真:図(2)で示した内部構造を持つ簡易雪室
図(2)で示した内部構造を持つ簡易雪室
写真:消雪剤の試験
消雪剤の試験(普通畑は一日も早く雪を消したい)
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