農業TOP EYE」は、経営・農業機械・人材教育・販売などをテーマに、多彩な業界のキーパーソンにインタビューし、農業経営に役立つ情報をお届けするコーナーです。
2020年の「農業TOP EYE」では、AIやICTなど先端技術を活用した「スマート農業」をテーマに、その代表的存在として普及が進む『農業用ドローン』を特集しております。
今回は、無人ヘリコプターで30年以上の歴史を持つヤマハ発動機株式会社が展開する農業用マルチローター(ドローン)事業について、同社ロボティクス事業部の遠藤征寿氏、杉浦弘明氏、尾崎由斉氏にお話を伺いました。
ヤマハ発動機株式会社
ロボティクス事業部
遠藤 征寿 氏/
杉浦 弘明 氏/
尾崎 由斉 氏
ドローンという通称が一般的に定着していますが、弊社では正式な名称である「マルチローター」と呼んでいます。農林水産省等による調査では、無人ヘリコプターによる防除面積が、2013年以降100万haほどで推移している一方で、2018年に2.8万haだったマルチローターによる防除面積は、2019年に6万haに拡大し、2020年もさらに拡大しています。
無人航空機散布では、労力軽減・効率化を図ることができますが、使用場面を考えると無人ヘリコプターとマルチローターでは得意な場面が異なります。大規模圃場では、連続飛行時間の長さや薬剤の搭載容量の大きさなどから、無人ヘリコプターによる散布が適しており、中山間地や狭小地、市街地、変形圃場では、比較的手軽に取り扱いができ、小回りが利くマルチローターが適しています。
弊社では、無人ヘリコプターで培ってきた技術やサービスネットワークをベースに、今後高まりが予想される現場のニーズにお応えするために、2019年からマルチローターの販売を開始しました。無人航空機散布の製品ラインナップの充実を図ることで、生産者の皆さまをサポートしています。
弊社では、1983年から産業用無人ヘリコプターのプロジェクトを開始し、現在に至るまで7世代のモデルを手がけています。心臓部であるエンジンは永きに渡り培ってきたバイクや船舶の技術をベースに専用設計として開発されています。
1997年にリリースした「RMAX」では、世界初となるGPSによる姿勢制御機能が搭載されました。その後の2013年にリリースした「FAZER」は現行モデルのベースとなっており、4ストロークで静かなエンジンが特徴で、操縦の簡易化を実現する「自動クルーズコントロールモード※1」を搭載しました。さらに2016年には改良型「FAZER R」とし薬剤搭載量を24ℓから32ℓに増やしました。これは一般的なドローン搭載量8ℓの約4倍に相当し、大容量で長い時間散布飛行ができることが強みです。そして2017年、飛行散布精度の更なる向上を実現する「自動ターンアシストモード※2」を搭載しました。これらの技術は、2019年3月にリリースを開始したマルチローター製品にも活かされており、弊社マルチローター製品の強み、信頼性にもつながっています。
※1 速度制御モードにより、速度維持飛行
※2 散布スイッチのON/OFFだけで一定の散布間隔でのターン、等間隔での飛行ラインおよび飛行速度維持を行うことが可能。
「YMR-08」には大きな特長が2つあります。一つ目は「散布性能」。二重反転ローターを採用した力強いダウンウォッシュが特長です。強い風圧により直下の圃場にまっすぐ薬剤を散布することができ、前進・後進ともに安定した吐出が可能です。薬剤を作物の株元まで届けることができ、その効果を十分に発揮できます。
二つ目は「3つのフライトモード」。マニュアル操作によるノーマルモードの他、任意のスピードを維持したままの飛行が可能な自動クルーズコントロールモード、一定の散布間隔をキープしつつ自動でターンし散布ラインの往復を繰り返す自動ターンアシストモードを搭載しました。特に自動ターンアシストモードでは、初心者の方では操作が難しい一定間隔のターンをサポートします。
また、自動散布機能(AP:オートパイロット機能)を搭載したモデル「YMR-08AP」では、自動生成された散布ルートに基いて忠実に飛行・散布することで、オペレーターの操作性の差による散布ムラをなくしました。安全に配慮し離着陸はマニュアル操作となりますが、それ以外の散布スタートから終わりまで、オートパイロット機能が実行されます。
機体から地面までの距離を計測して高度を維持することで、平地でも傾斜地でも均一な薬剤散布ができる高度維持機能や、風などの影響を抑え傾斜地でも安定した着地ができる着地アシスト機能といった特長も、ユーザーの皆さまから高い評価をいただいています。
また、弊社では散布装置にもこだわっており、液剤、粒剤ともに対応しているのはもちろん、粒剤散布装置では「1キロ粒剤」「ジャンボ剤」「豆つぶ剤・直播用水稲種子」といったそれぞれの製剤の特徴に合わせた3タイプの交換ローラーを用意しました。これにより薬剤が目詰まりしてしまうのを防ぐことができるので、生産者からも高い評価を頂いています。
ひとことで言えば「信頼性」にあると考えます。その理由の一つはジャパン品質。専用バッテリーやモーターといった基幹部品を国内メーカーと共同開発するなど、ヤマハブランドのバイクや船舶などと同様のハイクオリティなモノづくりの精神が貫かれています。
そしてもう一つの理由は、無人ヘリコプターの時代から構築済みの国内25拠点の特約店ネットワーク。生産者の皆さまに、最寄りの特約店を通じて販売・アフターサービス・操作教習をご提供しています。販売したらそれで終わりではなく、販売後も豊富な部品ストックによりスムーズな部品供給を実現し、操作のアドバイス、安全面の指導、機体のメンテナンスまでトータルでサポートできるのが弊社の強みといえるでしょう。
現在、住友化学などの農薬メーカーやJA全農と共同で、畑作・園芸といった分野における農薬の無人航空機散布への適用拡大に必要な実証試験を実施しています。マルチローターや無人ヘリコプターといった弊社の事業を拡大していく上では、こうした農薬製品の適用拡大が重要となります。今後は水稲以外の分野でも農薬メーカーとのコラボレーションをさらに推進し、農業現場のお役に立っていきたいと考えています。
弊社のマルチローターや無人ヘリコプターの活用をベースとした「YSAP※」というサービスで、衛星画像解析、圃場センシング、営農支援システムといった分野のエキスパート企業との連携により、さらなる散布作業の効率化や高精度化をめざしています。
パソコンやスマートフォンなどを使って簡単に管理できるのがポイントで、防除作業の計画や管理の効率化、圃場の観測と防除・施肥の同時実施、圃場解析データに基づく高精度な防除・施肥を実現するものです。
「国土交通省航空局への飛行計画代理申請」や「防除作業時の機体の飛行位置情報や作業履歴の管理」といったサービスの一部はすでにご提供を開始しており、その他のサービスについては現在実証を進めているところなので、今後の展開にご期待いただきたいと思います。
※YSAP:Yamaha Motor Smart Agriculture Platform
日本での無人ヘリコプター事業を基盤に、海外でも展開を進めています。例えば韓国では、水稲向けに日本と同じ無人ヘリコプターを展開しています。アメリカではカリフォルニアのナパバレーでワイン畑向けに無人ヘリコプターの散布事業、オーストラリアでも薬剤散布の他、様々な用途で無人ヘリコプター散布事業を展開しています。タイでは現地合弁会社を設立し、サトウキビを中心にとうもろこしや米向けにもサービスを開始しています。マルチローターに関しては、韓国でも販売を開始しました。
1990年と現在の国内農業就業者を比較すると、就業者数は500万人以上から170万人以下に減少し、平均年齢は58歳から67歳に上昇しました。一戸当たりの耕地面積では5ha以上が全体の4分の1だったものが、4分の3を占めるまでに集約化されました。
こうした農家の高齢化・人手不足を背景に、実際の農業現場では夏の暑い時期に乗用管理機や動力噴霧器の防除による重労働を強いられているケースがまだまだ多いはずで、作業の効率化と省力化が求められています。私たちヤマハはこうした現状をぜひ変えていきたいという強い思いがあり、農家の皆さまと一緒に日本の農業をいかに良い状態で継続し、さらに良くしていけるかがミッションだと考えています。これからの時代に向かって「新しい農業を空から創る」をキーワードに、マルチローター、無人ヘリコプターやYSAPといった事業を通じて日本の農業に貢献していきたいと考えます。