農業TOP EYE

7

「農業TOP EYE」は、経営・農業機械・人材教育・販売などをテーマに、多彩な業界のキーパーソンにインタビューし、農業経営に役立つ情報をお届けするコーナーです。

2020年の「農業TOP EYE」では、AIやICTなど先端技術を活用した「スマート農業」をテーマに、その代表的存在として普及が進む『農業用ドローン』を特集してまいります。
そのトップバッターとして、最先端の農業用ドローンの開発・販売とともに、生育診断や収量・食味アップのためのコンサルティングサービスを展開する株式会社ナイルワークスの代表取締役社長 柳下 洋氏にお話を伺いました。

空からの精密農業で現場の
収益向上を
実現し、
日本の
農業を最先端産業へ。

株式会社ナイルワークス 代表取締役社長 柳下 洋 氏

株式会社ナイルワークス
代表取締役社長
柳下 洋

取材日:2020年2月6日

まず、柳下社長がドローンに携わった
きっかけ、御社創業の経緯について
お聞かせください。

柳下社長 私は以前、IT企業でソフトウェアの開発技術者として、長年AIに携わってきました。そしてあるとき仕事の関係で、米国のエレクトロニクス製品の展示会に世界で初めて出展されたフランス製ドローンの映像を見ました。それでよく調べてみたら、4つのプロペラの回転数をコントロールするだけで、3次元空間を自由に飛び回ることができることが分かりました。これは衝撃的でしたね。つまり、ドローンはハードが主役なのではなく、ソフトが主役なわけです。これなら自分がやってきたAIのノウハウを活かして、ソフト開発という閉じた空間から3次元空間へフィールドを広げることができるのではないか──そう思いました。そして、太陽の方向を向いて育つ植物は、上から観察するのが適切であるという考え方の元、農業に活かせるドローンを開発する会社をつくろうと決め、2015年に創業しました。(2015年は、柳下社長が55歳になられた年。55歳は柳下社長の考える人生の折り返し地点)社名の「ナイルワークス」は、エジプト文明でナイル川の水を利用して農業が発展していったことに由来しています。

御社はドローンメーカーとして、どのようなコンセプトで事業に取り組んで
いらっしゃいますか。

「Nile-T19」安全性に配慮したプロペラガードは、創業当時からの一貫した設計思想に基づく
「Nile-T19」安全性に配慮したプロペラガードは、創業当時からの一貫した設計思想に基づく

柳下社長農業現場のドローンに対する直近のニーズとしては、いかに防除作業を省力化し、コストダウンするかということだと思います。また、農薬散布以外にも施肥や播種に活用したいというニーズも高いですね。
しかし、私たちは、薬剤・肥料散布や播種に用いるだけのドローンの開発・販売にとどまらず、収量や品質をより高め収益をアップさせるための生育診断やコンサルティングサービスを展開すべく、農業経営に一歩踏み込んだ「空からの精密農業」をコンセプトとした農業用ドローンのビジネスに取り組んでおります。

その生育診断やコンサルティングとは、
どのようなサービスですか。

柳下社長以前は、施肥や水管理など毎年同じように栽培管理していれば、安定した収量を得やすかったのですが、近年は、降水量、気温、日照量などが年毎に大きく異なることもあり、前年と同じ栽培管理では安定した収量や品質が得られないケースが多くなりつつあります。そこで私たちナイルワークスでは、稲から30~50cmという低空でドローンを飛行させ、農薬や肥料などを散布すると同時に、稲の生育状況を高精度カメラで記録したデータを蓄積。その膨大なデータを分析し、弊社が独自に開発した生育シミュレーションプログラムにより、めざす収量・食味を得るための生育診断・栽培管理コンサルティングを行うサービスを2023年から開始する予定です。

「Nile-T19」の自動飛行のためのセンサー部。
「Nile-T19」の自動飛行のためのセンサー部。
生育診断のための高精度カメラ(写真中央の黒い部分)
生育診断のための高精度カメラ(写真中央の黒い部分)

栽培管理コンサルティングの
サービスについて、教えてください。

柳下社長 収量と食味に関する「予測と制御」により、より早く販売計画に反映することができ、大きなメリットにつながります。
また、制御という意味では、水管理と施肥の調整についてアドバイスを行うことで、食味と収量をコントロールできるようになり、気象の変化に応じた稲の栽培管理が行えるので、より収益性の高い稲作が期待できます。

どのようなアドバイスを行うのか
教えてください。

飛行中の「Nile-T19」
飛行中の「Nile-T19」
ダイハツ工業(株)と共同開発中の「農業用ドローン発着ポート搭載車両」。ドローンの積み降ろしが不要になり、一人での作業を可能に
ダイハツ工業(株)と共同開発中の
「農業用ドローン発着ポート搭載車両」。
ドローンの積み降ろしが不要になり、
一人での作業を可能に

柳下社長 農家さんには水管理と施肥のタイミングや量について、きめ細かくアドバイスを行います。米の食味で言うと、タンパク質やアミロースの含有量、水分量といった要素が重要ですが、特に食味に影響が大きいのがタンパク質含有量。これは、水管理と肥料によりコントロールできます。
水管理や施肥のポイントについて、気象条件や時期に応じてきめ細かくアドバイスを行うことで食味や収量のアップにつなげるわけです。こうしたサービスは、農家さんの経営の改善や収益の向上につながるものでないと成立しません。経営改善や収益向上とならなければ、農家さんは、すぐに、このサービスの利用をやめてしまうでしょう。弊社は、農家さんがこのサービスを利用することで、経営改善、収益向上につながると確信しており、その改善・向上されたものから弊社の利益が得られるようなビジネスモデルを構築したいと考えております。

きめ細かいアドバイスを
可能にしているのは、稲の生育データを
研究した結果なのでしょうか?

生育監視(赤色光吸収率)
生育監視(赤色光吸収率)

柳下社長そうですね。弊社では2016年から研究を開始し、以降、全国の水田で稲の30~50cm上空からドローンによる生育状況を記録し、膨大なデータを蓄積しており、今年の調査データを含めるとその稲株数は100億株を超えると思われます。
生育診断・栽培管理コンサルティングのベースとなっているのが、これらの調査データを活かし弊社独自で開発した「生育シミュレーター」です。これは、ドローンの農薬散布時などに稲を2ミリ単位の精度で撮影した高解像度の映像データをもとに、光合成で生成された葉身の炭水化物が根・茎・穂へどのような配分量で転流しているのかを分析し、1日単位の生育シミュレーションを行います。それをもとに移植から収穫までの約130日間の変化をシミュレートし、そこに日照などの気象条件や施肥・水管理の条件を加味して分析することで、栽培期間中のきめ細かなアドバイスを行うことを可能にしています。

ドローンを低空で飛行させる理由は、
精密なデータを収集するための
ものですか?

いもち病検出 (検出アルゴリズム開発中)
いもち病検出 (検出アルゴリズム開発中)

柳下社長 理由は2つあります。ひとつはおっしゃる通り精密なデータ収集を行うためです。例えば、稲の葉の光合成量と密接な関係がある「赤色光吸収率」を正確に計測するためには、稲の葉身で直径2ミリの大きさの状態が分析できる精度で映像を記録しなければなりませんし、初発のいもち病の病斑も大きさは2ミリほどです。また、ドローンは農薬を短時間で効率よく散布するために時速20キロの速度で飛行する必要があり、この速度で飛行しながら撮影しても分析可能な解像度で記録しなければならず、それに対応したカメラやセンサーを搭載する必要があります。
もうひとつは、適切な農薬散布のためです。例えば紋枯病は株元から感染が拡大し、トビイロウンカは株元に集中して寄生します。だから、防除の際に農薬が株元にきちんとかからないと防除効果が上がりません。そのための低空飛行でもあるわけです。さらに、弊社のドローンは4か所のプロペラユニットがあり、それぞれが上下2枚のプロペラで構成されていますが、上下2枚のプロペラをそれぞれ逆向きに回転させることでまっすぐな気流を生み出し、ドリフトを抑制するとともに株元までしっかりと風を届けられるように設計されています。

ドローンのバッテリーシェアリング事業も
取り組んでいますね。

スマート農業センター登米
スマート農業センター登米

柳下社長 昨年、住友商事さんはJAみやぎ登米さんと共同で、宮城県登米市にある高等学校の施設の一部を活用し、農業用ドローンにおけるバッテリーの保管・充電が行える「スマート農業センター登米」を開設しました。ここでは弊社がマクセルさんと新開発した農業用ドローン専用のインテリジェント・バッテリーを充電・保管でき、ドローンの利用者は必要な数のバッテリーを利用できます。農家さんはドローンのバッテリーの充電状態を気にすることなく散布作業が行えるので、よりドローンが使いやすくなり、運用コストの軽減や効率化が図られます。今後も他の地域で同様の展開を期待しています。

農薬メーカーと共同でどのような取り組みをされる予定ですか。

柳下社長例えば、最適な防除効果を発揮するためには植物体のどの部分に重点的に散布するのが効率的かなど、そのメカニズムを分析するなどの実証実験を一緒にやっていきたいと思います。
住友化学さんは農薬、肥料、種子のビジネスを展開されているので、農薬に限らず幅広くパートナーシップを深めたいと考えています。例えば、肥料の吸収効率を最大限に引き出すための、吸収のメカニズムや最適吸収効率を発揮する散布方法の研究を行うなど、一緒に取り組むことでお互いの価値を高めていきたいですね。

今後の取り組みについて教えてください。

写真左より、取締役の田谷小百合さん、柳下社長、管理部広報室の森田麻依子さん
写真左より、取締役の田谷小百合さん、柳下社長、管理部広報室の森田麻依子さん

柳下社長現在実証実験中の水稲における生育診断・栽培管理コンサルティングのサービスを、今後は麦や大豆、とうもろこしにも展開し、さらにその次のフェーズとして果樹も視野に入れて準備を行っています。
これは個人的な想いですが、私は日本の安全かつおいしい米がいまの半分程度のコストで生産できるようになれば、世界中で大ヒットして一大輸出産業になると考えています。そうすれば、日本は農業輸出大国となり、就職先人気ランキングの上位を農業法人が占めるような世界も夢ではありません。いま77億人いる人類は2050年までにほぼ100億人に達する見込みと言われていますが、こうした人口増加に伴う食糧を支えるためには農業革新により食糧生産を増加させるほかありません。だからこそ、古代文明が技術の進歩とともに発展し、現在のITやAIを活用するに至ったように、農業も最先端のテクノロジーを導入し、最先端の産業に進化する必要があります。それが、私たちナイルワークスがめざす方向性であり、人類に与えられた使命でもあるのではないでしょうか。

インタビュー動画(約48MB)

TOP