農業TOP EYE

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「「農業TOP EYE」は、経営・農業機械・人材教育・販売などをテーマに、多彩な業界のキーパーソンにインタビューし、農業経営に役立つ情報をお届けするコーナーです。

今回から新たに、「地域農業の未来」をテーマとし、それぞれの地域の課題や取り組みを担い手に取材して特集してまいります。第1回は、全国稲作経営者会議の会長を務める千葉県山武市の古谷正三郎氏に、生産者組織トップとしてのビジョンや一生産者としての取り組みなど、「地域農業」について語っていただきました。

一人ひとりが農業、人生の柱をつくること。
それが、地域農業の未来へと
つながる。

全国稲作経営者会議会長 古谷 正三郎 氏

全国稲作経営者会議
会長
古谷 正三郎

プロフィール
以前は全国稲作経営者会議で青年部会長を7年間務め、昨年7月より同会議会長に就任。2013年からは千葉県山武市の農業生産法人(株)大地の恵みで、代表取締役社長を務める。他に、一生産者として、水稲20ha(ヒメノモチ、峰の雪)、ぶどう30a(シャインマスカット)を作付。

取材日:2022年7月13日

千葉県における農業の現状、課題について
教えてください。

千葉と言えばだいこん、キャベツ、メロン、いちごなどの農産品が有名で、大消費地の東京と近接していることもあり、ご存知の通り農業産出額では全国屈指の農業県です。水稲に視点を絞ってみると、千葉は湿田地帯が多く、土地利用型農業としては小麦やだいずといった転作には向いておらず、以前から水稲しか作付けできないという稲作農家が多くを占めていました。
また、販売の面では、周知のように米価低迷が続いていることが、千葉の稲作経営においても課題になっています。相場を下げている要因の一つは私たち稲作農家自身。『安くても売り切ってしまう』というスタンスを続けている限り、米相場は上がらないような気がします。

そうした課題には、どのような対策が
必要でしょうか。

全国稲作経営者会議会長 古谷 正三郎氏

農地における今後の対策として、こうした湿田を水稲以外の転作地としても利用できるように、排水対策などの土地改良を地域ごとに実施していく必要があると思います。すべての農地を土地改良するのは無理なので、残していくべき農地とそうでない農地を切り分けて、地域ごとに土地改良に向けて検討していくことが大切です。例えば、私が水田を経営する山武市では、一部の圃場の区画整備を街ぐるみで目指しています。水田では、水を引き込む「水口」の反対側に、排水用の「水尻」を設置するのが一般的ですが、この場合、かけ流しなどをする際には水口と水尻の開閉作業のために畦を歩いて往復する必要がありました。そこで、このムダな労力をなくすために、「水口」と「水尻」を同一側に設置できるような区画に整備しようという計画です。
また、販売面においては、大規模農家の意識改革だけではダメで、米生産のベースを支える中小規模農家や兼業農家の方々一人ひとりが、もっと"経営者"として、今後の展望を含めた考え方にシフトする必要があるのではないかと考えています。

「地域とスマート農業」という観点では、
どのようなお考えを
お持ちでしょうか。

千葉県でも水田での農薬や肥料散布にドローンを活用する生産者が増えてきました。また、GPS技術を活用したトラクターや田植え機の自動運転や直進アシストなどは、収量や生産性向上につながるので、経営状態に合わせて積極的に取り入れていくべきだと思っています。作業短縮で得られた余暇時間や省力できた労力を利用すれば、大規模化を進めていく上での力強い戦力になってくれることでしょう。
私が経営する農業法人 ㈱大地の恵みでも直進アシスト機能を活用したトラクターや田植え機を利用していますが、これら高精度な位置情報を利用するにはRTKと呼ばれるアンテナ基地局が必要です。私たちの山武市でもRTKがまだまだ整備されていないので、今後の整備に向けた取り組みが課題ですね。

※RTK= Real Time Kinematic(リアルタイム・キネマティック)
地上に設置した、基地局の位置情報データによって、より高い精度の測位を実現する技術

会長ご自身の農業経営スタイルについて
教えてください。

全国稲作経営者会議会長 古谷 正三郎氏

私の家系は五百数十年続く農家の家系で、全国稲作経営者会議の初代会長でもある私の父の農業経営を引き継いだのが28歳の時でした。就農以来、米の直接販売の販路を開拓してきましたが、2009年には共同創業者である現相談役と2人で加工用米(もち米)の販売を手がける㈱大地の恵みを設立しました。現在では県内農家50戸と連携して年間約5万俵を販売し、餅や煎餅の加工会社などの実需者と取引をしています。
加工用米に目をつけたのは、米のマーケット事情に詳しい現相談役が、『もち米はニッチだけど実需からの引き合いが強いはず』と分析していたから。実際に、狙い通りとなり、設立当初は加工用米の取り組み面積が約29haでしたが、現在では約410haまで拡大することができました。

販路の開拓はどのように
取り組まれてきたのですか。

会社設立や販路開拓については、稲作経営者会議のネットワークが非常に役に立ちました。その当時の稲作経営者会議の会長やメンバーに、「もち米を販売したい」という相談をしていたところ、『取引先を紹介してあげる』『ある卸会社が原料のもち米を探している』など、人間関係がアメーバのようにつながって行って新しいビジネスチャンスを次々と生んでいった。現代はSNSとかコミュニケ―ションの手段は多様になりましたが、私は『人と対面して直接話す』のがいちばん大事だと思っています。

農業経営におけるアドバイスを
お願いできますか。

弊社では加工用米の年間出荷量5万俵と先ほど申し上げましたが、やはり"量"があると色々な実需者との交渉がしやすくなります。私の知る限り、中小の稲作農家の場合、自ら価格交渉をしていない場合がほとんど。作付面積50haクラスの稲作農家でも、卸会社に営業をかけるぐらいで、中食・外食や食品加工会社など多面的な実需者への営業開拓をしているのをほとんど聞いたことがありません。
やはり、稲作農家も一人の経営者なので、積極的に外を歩き回って自分なりの取引形態を見つけ出すのが重要。ただやみくもに外を歩き回って人に会っていても効率が良くないので、自分の経営の本質と考えがズレていない人を見つけたら、その人と腹を割って付き合うことが大事ですね。
以前、ある勉強会で『人生において柱をつくれ』という人生訓を学びました。『人生』を『仕事』に置き換えてみると、やはり仕事には太い柱となる事業やネットワークが必要だということです。そのためにも、『農業者は農業のこと以外は知らない』ではなく、『農業者だからこそ、他分野のことも勉強する』という姿勢が必要なんだと私は考えます。

水稲の栽培について、
なにかアドバイスをいただけますか。

古谷氏自身が作付する、もち米「峰の雪」は20haにおよぶ 古谷氏自身が作付する、もち米「ヒメノモチ」は20haにおよぶ
古谷氏自身が作付する、もち米「ヒメノモチ」は20haにおよぶ

まず、とにかく「収量をしっかりとること」が基本です。
もちろん品質も重要ですが、収量がとれないことには収入に結び付きません。そのためには、自分なりに試行錯誤して施肥や管理作業を工夫してみる。例えば、うちの場合、もち米の一部の圃場で、以前は基肥と追肥の組み合わせだったのを基肥一発肥料の"楽一"に代えたら、倒伏がなくなって反収が1俵近くアップしました。もちろん、地域やそれぞれの環境によってカスタマイズが必要ですので、自分なりのやり方を見つけていくことが大事です。

"持続可能な農業"について
どのようにお考えでしょうか。

昔の農業って、地域ごとに畜産があって循環農業が完結していましたが、いまはそれがくずれつつある。農業業界だけではなく、様々な分野の産業が手を取り合って持続可能な農業について取り組んでいく必要がある、と考えています。
ただ、今までと同じやり方で稲作、農業をしていたのでは"持続「不可能」な農業"にならざるを得ません。私たち農業者がすべきことは、次世代の農業者のための環境づくりです。昨今は農業者の障壁となる規制が多くて、次世代の若者が農業に参入しやすくなるようなスキームを国とともに作り上げていかなければならないのではないでしょうか。

地域を支えてゆく次世代の若者に、
ひとことアドバイスをお願いします!

4年前からはじめたシャインマスカット栽培。農業の柱の一つとしての成長を目指す 4年前からはじめたシャインマスカット栽培。農業の柱の一つとしての成長を目指す
4年前からはじめたシャインマスカット栽培。農業の柱の一つとしての成長を目指す

先ほど『人生において柱をつくれ』という人生訓について触れましたが、これからの農家はまさに、"自分なりの柱"を持てるようにするべきです。それが人脈なのか、販売力なのか、技術力なのか、柱は人それぞれですが、そうした柱を育てることが重要です。
私自身も、もち米以外の柱にしようと思って4年前からシャインマスカットの栽培を始めました。県内の知り合いの生産者がシャインマスカットをはじめたということで、その方からおすそ分けをいただいたのがきっかけです。そのときの見た目と味の衝撃は今でも忘れません。「話題のシャインマスカットが、千葉でも栽培できる」ということで栽培を始め、現在は面積も30aほどに増やして柱の一つになるようにチャレンジを続けています。
これから農業を目指す次世代の人たちのために、「農業をやりたい!」と感じてもらえる魅力ある環境をつくることが、いま私たち現役農家に課せられた使命なのかもしれません。そして、そうした次世代の若者たちが、自分なりの柱をもち、育ててゆく取り組みこそが、地域農業の未来を支える力になるのではないでしょうか。

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