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雑草よもやま話(11)
イネと共に進化するノビエ日本にイネが伝来したのは今から約3000年前の縄文時代と考えられていますが、水田で栽培されるようになったのは弥生時代と言われています。最初に日本にきたイネは陸稲であり、その後朝鮮半島を経由して、一部は直接中国から水稲がやってきました。因みに中国で稲作が始まったのは今から約10000年前、水田稲作が始まったのは約5000年前と言われています。 現在栽培されているイネは、野生のイネを人間が栽培化した栽培植物(作物)で、人間にとって都合のよい性質が選抜されてきました。熟しても籾が落ち難い性質や、一斉に登熟する性質などがそうです。日本には栽培化されたイネが渡来したわけですが、その後も優秀な農民により日本の気候や各種条件に適合する更なる選抜が進められ、明治以降は国や県の研究者の努力も加わり現在のイネになりました。 一方、イネと共に渡来したタイヌビエは、姿形や出穂時期がイネにそっくり(擬態性)であり、開花後8日位で発芽可能な種子を生産できる性質を獲得しています。この擬態性は、長年にわたって営々と繰り返されてきた農民による除草作業という人為淘汰の結果です。このため手取り除草ではタイヌビエの除去は困難でしたが、除草剤の普及により比較的容易に防除できるようになりました。タイヌビエは日本では水田の雑草ですが、中国雲南省の少数民族は昔は主要な食糧としてタイヌビエを栽培し、現在も酒の原料として栽培しているとのことです。日本で食料として栽培されていた(現在も極一部の地域で栽培されている)ニホンビエは、イヌビエに由来する栽培種です。ヒエはイネが伝来する以前の重要な食糧で、約5500年〜4000年前の三内丸山遺跡(青森県)からもヒエが栽培されていたと考えられる痕跡が見つかっています。(岩崎) *写真は、青木繁伸 氏の「植物園へようこそ!」から使用させていただきました。 |
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