「ロケット」と聞いて思わず天を仰いだ。プラネタリウムに星空が広がるように、シャインマスカットのハウスを地面から見上げると、青々とした葉で頭上が覆われ、うっすらと木漏れ日が差し込んでいる。「ロケット式一文字整枝」と呼ばれる剪定法で、農林水産大臣賞受賞やJAの品評会で2年連続最優秀賞受賞など山梨県内屈指の実力をもつ秋山 守さんの圃場だ。
秋山さんが参加するジャパン・ヴィティカルチャー・クラブ(JVC)は民間のぶどう育種グループで、所属する会員自らが育種した新品種を毎年持ち寄って、優秀な品種の表彰や穂木の頒布といった活動を行っているそうだ。一方、笛吹ぶどう倶楽部(FVC)は笛吹市を中心としたぶどう生産者の集まりで、「ロケット式一文字整枝」によるぶどう栽培をベースとした勉強会・情報共有を定期的に行っているという。
「ロケット式一文字整枝」を考案したのは、笛吹市の奴白(ぬはく)和夫さんという人物で、山梨屈指のぶどう篤農家。秋山さんが師と仰ぐレジェンドであり、秋山さんが現会長を務めるFVCの創設者でもある。FVCの会員は、いわばこの奴白さんの門下生であり、秋山さんも“奴白チルドレン”の一人というわけだ。
「ロケット式一文字整枝は、2本の主枝で仕立てる長梢剪定で、主枝を左右に一文字の形に伸ばして側枝を置く仕立て方なので、上から見た樹形がロケットのような三角の形をしています」と秋山さん。返し枝を中心に仕立てることで、ぶどうの果実に効率よく養分を送れる、と胸を張る。
ご両親の後継者として、就農20年目を迎えた秋山さんは、シャインマスカットを中心に、富士の輝、甲斐ベリー7といった品種を手がけ、1.2haでぶどうを栽培。消費者に美味しいぶどうを届けるために、基本技術の徹底にこだわっている。
「適期剪定や苗木の自家選抜など、基本技術を徹底することで、糖度の乗りや房の肩の揃い、房全体の形といった品質のばらつきをなくしています」と秋山さんは言葉に力を込める。そうした基本の徹底が、ぶどうの品質や収量の向上をもたらし、消費者の満足度を高め、農林水産大臣賞などの受賞にもつながっているのであろう。
秋山さんは地元JAにぶどうを出荷しているが、シャインマスカットについては、開花100日以降の完熟品、大粒で糖度18度以上といった出荷規定がある。それをクリアするために欠かせないのが、就農当時の20年前から愛用されているジベレリンとフルメットだ。
この2つの植物成長調整剤、使用するタイミングが最も重要で、地域や環境、品種によって使用タイミングが異なるのだそうだ。そこで、秋山さんの使用タイミングを伺ってみた。
「いま皆さんがいるこのシャインマスカットのハウスでは、満開前にフルメット処理を1回行い、その後、満開3日後と13日後にジベレリンを1回ずつ処理しています。フルメットを使うと着粒が安定し、花ぶるいが軽減されますね。近年はシャインマスカットの開花異常、いわゆる未開花症が全国的な問題になっていて、ひどい地域では園地の7割の花が咲かないといった話も聞きます。この処理法でうちでは未開花はほとんど発生していないです。
シャインマスカットのハウスでは、春先にボイラーで加温することから、室温は高いが、地温は低いままという状態になるため、開花時期が揃いにくいのだそうだ。ぶどうは先に開花した房に優先して養分を送ることから、開花が揃わないと品質にばらつきが生じる。秋山さんのハウス栽培では、開花時期の安定、品質安定化にフルメット液剤が大きく貢献しているといえよう。そして、住友ジベレリン錠剤も「なくてはならない存在」と力説する。
「ジベレリンは無種子化とともに、果粒の肥大に効果があります。1回目の処理は、満開時に処理してしまうと果実がつき過ぎて逆に摘粒が大変になるので、摘粒を省力化する意味で満開3日後に処理しています。ジベレリンがないと、JAの出荷基準である粒の大きさや糖度18度以上に安定して仕上げることが難しい。当たり前のように父の代から使っていますが、ジベレリンの存在なしにぶどうの品質向上は考えられません」。
シャインマスカットでジベレリンとフルメットを活用している秋山さん。また、糖度が28度以上あり、黒いシャインマスカットと呼ばれるいま注目の「富士の輝」などの新品種の栽培にも、ジベレリンとフルメットを使用している。会長職にありながら、試行錯誤しつつベストな使用タイミングを探る、その研究熱心な姿勢に頭が下がる思いがした。
冒頭で民間育種グループのジャパン・ヴィティカルチャー・クラブ(JVC)を紹介したが、秋山さんもいくつかの新品種の育種にチャレンジされているそうだ。「交配する親の特性を超えるような新品種をつくりたい」とぶどうにかける想いは熱い。そして胸に秘めた想いがもう一つ。それは、師匠の奴白氏が考案した「ロケット式一文字整枝」を自分なりに進化させること。
そんな秋山さんの想いを聞いて、もう一度天を仰いだ。近い将来、進化した“ロケット”が見られるように願いを込めて──